奥四万十情報ちゃんねる

向山橋[通称上岡沈下橋](四万十町)

奥四万十の沈下橋

流されないように知恵を形にしました

 四万十川に沈下橋の架かる風景は、四万十川の水量が豊かなことの証明でもあります。増水しても流されないように、欄干がありません。いわゆる潜水橋のことです。夏は橋の上から飛び込みをする子どもたちの姿も見られ、今も生活道として使われている橋が残っています。
 沈下橋のデザインはシンプルですが、それぞれに味があり、集落の風景にマッチしています。中でも、四万十町の向山橋(通称上岡沈下橋)は、急流に架かるため水の抵抗を考慮した曲線形状となっているのが特徴で、力強く、美しい独特の構造から個性的な橋として知られています。
 また、四万十川周辺の景観は、国の重要文化的景観に選定されています。

       

デザインで選ぶ、沈下橋コレクション

 
一斗俵沈下橋

一斗俵沈下橋

四万十町

昭和10年(1935)建設で、四万十川に現存する沈下橋の中で最も古い沈下橋として国の登録文化財に指定されている。昔は生活道として、今は子どもたちの川遊びのステージとして流域住民に親しまれている。

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早瀬の一本橋

早瀬の一本橋

津野町

沈下橋の原型で長さ9メートル、幅60センチ、厚さ30センチほどの木の板3枚を橋桁の上に渡しただけのシンプルな橋。数十年前までは四万十川の支流に数多く見られた一本橋も津野町のこの橋だけとなった。

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高樋沈下橋

高樋沈下橋

中土佐町

四万十川本流の最上流に架かる高樋(たかひ)沈下橋。通称「大股の沈下橋」。もともと頭首工(堰)が築かれていたが、下流の新堰の影響を受けた板橋の浮き対策として昭和40年に旧堰堤の上に造られた。

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第一三島沈下橋

第一三島沈下橋

四万十町

三島の右岸、国道381号側の第一三島橋は昭和41年に、昭和42年には左岸、轟集落側の第二三島橋の架橋で両岸の往来が容易となり、中州での農作業も向上。轟集落の人々に生業を与え支えてきた沈下橋。

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川角沈下橋

川角沈下橋

梼原町

四万十川支流の四万川川に架かる沈下橋。梼原町内にある沈下橋の中で、もっとも川底までの幅が狭く、大雨の翌日には沈下した橋が見えるかも。

沈下した川角沈下橋 沈下した川角沈下橋
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向山橋[通称上岡沈下橋]

向山橋[通称上岡沈下橋]

四万十町

向山橋は、上岡集落と対岸の向山を結ぶ沈下橋で地元では「上岡沈下橋」とも呼ばれています。この橋は急流に架かるため水の抵抗を考慮した曲線形状となっているのが特徴で力強く、美しい独特の構造から個性的な橋として知られています。

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